自民党はいくつかの緊急事態条項の案を検討しているようである。今回は、その中でも下記のものを分析する。
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第四章 国会
64条の2 大地震その他の異常かつ大規模な災害により、衆議院議員の総選挙又は参議院議員の通常選挙の適正な実施が困難であると認めるときは、国会は、法律で定めるところにより、各議院の出席議員の3分の2以上の多数で、その任期の特例を定めることができる。
第五章 内閣
73条の2 大地震その他の異常かつ大規模な災害により、国会による法律の制定を待ついとまがないと認める特別の事情があるときは、内閣は、法律で定めるところにより、国民の生命、身体及び財産を保護するため、政令を制定することができる。
2 内閣は、前項の政令を制定したときは、法律で定めるところにより、速やかに国会の承認を求めなければならない。
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検討状況報告 緊急事態条項、改憲案示す 2018年3月20日
〇 加憲案64条の2と加憲案73条の2・1項の「大地震その他の異常かつ大規模な災害」の『その他異常かつ大規模な災害』という文言の中に、『外国からの武力攻撃やテロ』などが含まれるかどうかが大きな争点となる。その認定行為はもちろん内閣や国会の政治的な決定となる。極論で言えば、自作自演も可能な内容となり得るもので、公正性や客観性をどのように担保するのか明確でない点に問題がありそうである。
〇 73条の2・2項で、「速やかに国会の承認を求めなければならない。」とある。しかし、53条後段に書かれた「いづれかの議員の総議員の4分の1以上の要求があれば、内閣は、その召集を決定しなければならない。」という明らかな国会召集決定義務に違反している内閣が存在するが、この「速やかに国会の承認求めなければならない。」が無視されることは当然にあり得る。
こうなると、内閣は自己の政治的な都合によって緊急事態を宣言し、政令を制定し、国会の承認を求めないまま政権運営が行われることとなる。
もし国会が開かれたとしても、野党勢力はそれらの内閣の発した政令によって発言の制限や身柄の拘束を受けている可能性もある。すると、そこで為される「国会の承認」というものが正しく民意を反映した議決とならず、民主制の過程が正常に機能している保障はない。
〇 この緊急事態で発せられた「政令」について、裁判所の違憲審査がなされるのかなど、明確にされていない点は危険性を感じさせるところである。裁判所の違憲審査について定めた81条には、明確に「政令」という文字が存在しないことから、学説に頼ることとなってしまうからである。
〇 64条の2の「通常選挙の適正な実施が困難であると認めるとき」とあるが、どの程度の災害で「適正な実施が困難であると認める」のかは明確でない。そのため、最終的には出席議員の3分の2以上を占める与党などの国会議員の政治的都合でその認定行為がなされるわけである。例えば、政権や与党の不祥事などが続き、与党議員などが自分たちに不利な選挙情勢であるとの不安感が募ってきたときに、火山の噴火や山火事、異常気象が原因とみられる台風、大雪による交通網の停止、一部地域の地震、湖などへの隕石落下による珍事件、国賓を乗せた航空機の墜落事故の報道による国民の心理的なダメージ、などを理由に、「適正な実施が困難である」として任期延長が行われる可能性も否定できない。
この認定判断は政治的な都合であるため、事件・事故の大きさを殊更に主張することによって、民意を納得させようとすることとなると思われる。その中で、民意を誘導したり、民意を欺いたり、政府が災害情報を公開しなかったり、公開時期を遅らせたり、隠蔽することによって、政府の基盤となる与党に有利な選挙へと導くことも可能となる。
〇 64条の2に、「その任期の特例」とあるが、東日本大震災で精神的な苦痛を感じている人は数年たっても多くいることは確かであるが、最終的には物事の判断は人間の認知の中で行われる性質上、「任期の特例」の期間も精神的な問題を基準に判断されることがあり得るのではないだろうか。客観的な基準もなく、数年たっても「震災の影響が続いている」「生活が取り戻せていない」などを理由に選挙が見送られる可能性も含まれることとなるだろう。どこかで線引きがなされるというのは、「被災者の心境を考えると、」や「被災者の苦痛を前にして、…」などと被災者の存在が政治的に利用される可能性が高い。
〇 加憲案73条の2・1項に「国民の生命、身体及び財産を保護するため、政令を制定することができる。 」とあるが、これは大規模なテロが起きた際などに、自衛隊法の防衛出動の武力行使の要件(武力攻撃事態・存立危機事態)に当てはまらない武力行使の要件を政令によって制定することができるようになるのだろうか。現在でも73条6号によって政令は制定できるところを、「政令を制定することができる」と改めて記載するということは、73条6号の後段の「但し、政令には、特にその法律の委任がある場合を除いては、罰則を設けることができない。」を解除するような政令であるとしか考えられない。つまり、従わなかったときに「罰則」のある政令を予定しているものであると思われる。よって、「法律の委任」のない「政令」であり、「罰則」の付いた強制力を持つ法律に準ずる、あるいは法律と同等、または法律以上の効力を有する政令であることが想定される。すると、法律以上の効力を有する政令によって、武力行使の基準なども全く新たなものが制定される可能性があり、民主制の過程を得た基準ではない、内閣が独断で武力行使に踏み切る可能性も否定できない。
〇 日本国憲法は、法の効力を「権力」を司る『内閣』の決定や『国会』の承認だけに委ねているわけではない。「権威」を司る『天皇」という存在を通して公布されることで、初めて法が公のものとして発せられるという建前を置いているのである。日本国の象徴であり、国民統合の象徴(1条)である『天皇』という権威を通して公布(7条1号)されることで、法に正当性の基盤の確からしさが公のものとして確定され、施行の時を迎えるのである。
この加憲案73条の2・1項の「政令」というものは、この天皇の7条1項の「公布」の対象となっている「政令」と同一に扱うのだろうか。この点、明らかでない。
また、国会の承認を得た場合に、改めて公布することになるのだろうか、それとも、国会の承認は公布に影響を与えないのだろうか。国会の承認を得られなかった場合、公布された「政令」はいつの間にか廃止されるような手続きとなるのだろうか。「公布」と「施行」の関係はどうなるのだろうか。先行きの分かりづらい法令が「公布」の在り方をめぐって右往左往しそうである。
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〇 加憲案73条の2・1項の政令について、国会の承認を得た場合に、いつまで効力を有するのだろうか。災害がある程度終息しつつあるときに、いつ効力が失効するのだろうか。失効しないのだろうか。例えば、現在も福島第一原子力発電所の事故は完全収束しているわけではないが、そのような事態で発せられた政令は、いつまでも効力を持ち続けるのだろうか。その時に発せられた政令が、法律に上回る特別法とされていた場合に、一地域と言っては当事者に申し訳ないが、一地域の災害を全く災害の影響の及ばない地域で生活している人たちに対してもこの「政令」は効力を有することとなり続けるのだろうか。緊急時に制定される法の形式は、非常に雑な内容となることが考えられ、事態の収束のために包括的な規定となることから、いつまでも効力を有するような形式となることも問題を多発させる原因になり得るだろう。内閣の権限に歯止めがないものとなり、権力乱用の恐れは高まると考えられる。
そもそも、「政令で『国民の生命、身体及び財産を保護』できるのか」という根本的な問いからしっかりと考えを深めた方がいいように思われる。
〇 この加憲案の言う政令は、法律を実施するための現在の言う政令とは異なる。そのため、41条の「国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である。」として定められた「唯一の立法機関」との整合性が問題となる。その点についてこの加憲案には整合性を保とうとする意図がないため問題となるだろう。
〇 この加憲案の言う「政令」と、通常の「政令」で、同じ言葉を使っていることに問題があるように思われる。「緊急政令」など、用語を変えないと何の政令を指しているのか分からないからである。非常時にもどの「政令」を指しているのか分からず、混乱を招くと思われる。「政令」と言い切ることで現在と同じようなマイルドなものであるかのようにしたいのかもしれないが、通常の「政令」と言い切れるものではないと考える。
緊急事態条項は、非常に論点が多く、立憲主義や憲法保障など、憲法の根幹にも関わってくる問題です。十分に検討するには大変な労力を要します。すぐには分析しきることができませんので、今後も時間をかけてゆっくり分析してみます。
今回はこの程度です。お読みいただきありがとうございました。
<理解の補強>
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