憲法の哲学



憲法学以前に学ぶべきもの


 憲法に込められた理念や人権の根拠、人権保障の本質などについて十分に理解するためには、「歴史学」や「社会学」、「政治学」、「倫理学」、「心理学」、「宗教学」、「哲学」、「法哲学」など、憲法の背景にあるあらゆる学問分野を横断的に学んでおく必要があります。


 憲法学者の言葉も紹介します。


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「憲法を学ぶには、歴史学、政治学、社会学、経済学、哲学、倫理学、論理学、心理学など多くの学問の助けを借りなければならない。それらに関することがたくさん憲法に織り込まれているからである。・・・・・理想をいえば、憲法学者は、法学者であると同時に、歴史学者、政治学者、社会学者、哲学者、倫理学者等々でなければならず、一人では背負いきれないほどの負担を負うことになる。」(清宮四郎『全訂憲法要論』(1961年、法文社、23頁))

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憲法の条文をみるだけでは法秩序を知ることができない 学習院大学 戸松秀典


 質の高い人権保障を実現するためには、それらの「憲法学」以前にある様々な学問的視野をあらかじめ知っておく必要があります。それらを十分に捉えることができなければ、憲法に込められた複雑な人権保障の意図を読み解くことができません。

 これらの意図を十分に理解することは非常に難しいことです。

 しかし、それらの全体像を把握し、そこから抽出したあらゆる学術的要素の結晶として、洗練された美しい憲法を導き出していくことが必要です。

 その一つ一つの認識を整理し、よく理解していく過程こそが、美しく洗練された憲法を生み出し、その後も適切に運用していくことを可能とする力になるものです。

 より良い憲法をつくり出していくためには、その困難を引き受けていくことが大切であると思います。

 もしそれらの背景を理解しないまま改憲に踏み切ったならば、質の高い人権保障を可能とする洗練された憲法を生み出すことはできないでしょう。そのような憲法では、すべての人に納得してもらうことができるような良質な憲法とはならないでしょう。

 





● 参考となるキーワード


 人権概念の本質と、人権保障を実現するための憲法に込められた複雑な意図を読み解くためには、以下のような対立するキーワードを押さえておくことが重要です。

 

おおよそ「法学」の分野の対立するキーワード


〇 法実証主義
〇 自然法論



おおよそ「法哲学」の分野の対立するキーワード


〇 価値絶対主義
〇 価値相対主義



おおよそ「哲学」の分野の対立するキーワード


〇 古典的学派(世界や理性を探求しようとする目的論的な哲学、本質主義
〇 実存主義の学派(ニーチェハイデガーサルトルヤスパースキェルケゴールなど)



おおよそ「宗教学」の分野の対立するキーワード


〇 キリスト教神学に類似した世界認識
〇 仏教学に類似した世界認識



おおよそ「心理学」の分野の対立するキーワード


〇 初歩的な段階にある認識

〇 抑うつ状態がなぜ引き起こされたのかを自分自身で学術的に理解した後の認識



おおよそ「社会学」の分野の対立するキーワード


〇 多数派の体制構築のメカニズム

〇 少数派の差別の構造のメカニズム

 


おおよそ「歴史学」の分野の対立するキーワード

 

〇 権力者の権力拡大の歴史

〇 支配される者の抑圧の歴史



 おおよそ「政治学」の分野の対立するキーワード


〇 議会の多数派

〇 議会の少数派

 

人権概念と日本国憲法の関係








<理解の補強>


法哲学 Wikipedia

政治学史 Wikipedia

ハンス・ケルゼン Wikipedia
グスタフ・ラートブルフ Wikipedia

 
神の存在証明 Wikipedia
認識論 Wikipedia
存在論 Wikipedia
永遠の哲学 Wikipedia

心の哲学 Wikipedia
人間性心理学 Wikipedia


心理学 Wikipedia
倫理学 Wikipedia

権威主義 Wikipedia
権威主義的パーソナリティ Wikipedia

民主主義 Wikipedia

 

全体主義 Wikipedia
個人主義 Wikipedia

自由主義 Wikipedia



純粋法学 Wikipedia



第3回 「憲法の改正」と「新憲法の制定」の違い

 

日本国憲法の背景にある思想

 

価値相対主義(哲学:実存主義、神は死んだ etc.)

価値絶対主義と対立する概念である。心理学の「構成主義的発達論のフレームワーク」としては進んだ考え方である。

ローレンス・コールバーグ Wikipedia

 

個人の尊厳(人権の単位・人権思想)

個人の尊厳。個人の尊重ともいう。人権が個々人を単位に享有していることを示す言葉である。

 

自然法思想自然法自然法論自然権・前国家的権利)

実定法が存在する以前に、人は生まれながらに人権を持っていることを前提に法をつくる思想である。

自然状態
(古代から近代にかけての)自然権(自然法思想・自然法論)とはなにか

 

法の支配
法の支配。法に従って権力が行使されるべきであるという政治原則をいう。

「法の支配(rule of law)」とは何か

 

立憲主義(民主制の多数決原理が生まれる以前のもの)

立憲主義。権力を法で縛る考え方で、多数決原理の暴民支配を止めるものとしての機能も持つ。

 

法治主義
法治国家(法治主義)。行政権の行使は議会の制定した法律によって行われなければならないとする原則をいう。

 

民主主義

民主主義



コンスティチューション(法学) Wikipedia 



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 法の支配とは、人権の保障と恣意的権力の抑制とを主旨として、全ての権力に対する法の優越を認める考え方であり、立憲主義とは、主権者たる国民が、その意思に基づき、憲法において国家権力の行使の在り方について定め、これにより国民の基本的人権を保障するという近代憲法の基本となる考え方であり、国民主権とは、国家の意思を最終的に決定する最高の力としての主権が国民に存するという原理であり、議院内閣制とは、議会と政府とを分立させつつ、政府の存立を議会の信任に依存させる統治制度であると考えているが、お尋ねについては、その趣旨が明らかではないため、お答えすることは困難である。

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「政府の憲法解釈には論理的整合性と法的安定性が求められる」との見解と法の支配、立憲主義並びに国民主権、議院内閣制との関係に関する質問に対する答弁書 平成31年2月22日





人権思想の生まれた経緯


● 人々の心に抱いた意志が、憲法という規定に具現化されていく過程

 

乱暴な強者が弱者をいじめる無秩序な世界。(恐怖と理不尽の世)

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「そんな世界はつらい。苦しい。嫌だ。」という人々の意志。(人権保障への意志)

 ↓

「人権」というものを仮定して、社会のルールをつくるための基礎単位としよう。(人権思想)

 ↓

生きている「人」であればすべての人に人権を与えるよ。(という比較的普及した"合意")

 ↓

人権の単位は「個人」だよ。(個人の尊厳)

 ↓

人々の人権を保障するためにルールをつくるよ。(立憲主義)

 ↓

人々の人権を保障するために、統治機関をつくるよ。(人権保障のための統治規定)

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一つの機関に権力が集中すると、その機関が結局強者になってしまう。だから、権力を分散するよ。(三権分立)

 ↓

個々人を中心に国をつくるよ。(民主主義)

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人権保障のための法律をつくるために、国会議員を投票で選ぶよ。(多数決原理の採用)(国会)

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国会のつくった法律を行政機関に執行させるよ。(法治主義)(内閣)

 ↓

国で起きた事件が法律や憲法に違反していないか判断する機関をつくるよ。(裁判所)

 ↓

この考え方を明文にし、他の法規よりも絶対に優先するルールにしたよ。(憲法の最高法規性)

 



民主主義 以前について


強者から理不尽で酷い扱いを受ける恐怖から、人の間に人権思想が生まれた。
 ↓
人々に普及した人権という思想の合意によって、人であればすべての人に生まれながらにして「人権」が与えられているとすることにした。
 ↓
その「人権」という新しく獲得した概念を軸にして、民主主義を実現しようとする。
 ↓
民主主義を実現するために議会ではしっかりとした議論の後に、多数決原理での決定を採用することにした。
 ↓
しかし、人権思想の人権概念は、もともと多数決でもってしても奪えない人権が存在する。

 ↓
多数決でもってしても奪えない人権を完全に法典として定義しきることは困難である。なぜならば、人権概念は、民主主義の多数決原理以前につくられた概念だからである。そのため、一応憲法ではカタログ的に人権を分かりやすく書き記しておくことにし、多数決でつくられた法律が人権を奪ってしまうことのないように列挙した。しかし、その人権カタログは人権思想の背景である自然法思想から自然権として導き出されていることを知っておく必要がある。
 ↓
憲法典を改正する必要があれば、一応国会では3分の2以上の賛成という高いハードルを設けて硬性憲法としているが、「この制度を利用すれば人権規定をどのようにでも変更できる」というものではない。それは、人の自然権を侵害するような改正は、人の人権を保障しようとしてつくられた憲法原理の根本を維持できず、もはや憲法ではなくなってしまうからである。

人権 まとめ


人権の根拠とは

・人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果(97条)
・人権は以前の時代には地球上に存在しなかったもの
・人権は先人が自由獲得の努力によって新しく生み出した概念
・人権は人の意志の観念によって「ある」と認識されるようにつくりだされたもの
・人権の根拠は、本来存在していない
・もし「人に人権はある。」という認識が人々の間からなくなってしまったら、人権保障のために生み出されている法制度はすべて成り立たなくなってしまう



法とは

・人に人権があることを前提とし、それを保障するためにつくられたルール
・人に人権があることを前提としていない法であれば、そもそもルールとして成り立たなくなってしまう
(スポーツのルールもプレーヤーがいるからこそ成り立つわけであり、そもそもプレーヤーを人として認めないというような事態になればルールが正常に成り立たなくなることと同じ)
・法があれば人の人権が守られるというものではない。

・法は人権保障の実現を目指してルールをつくっているが、人権の概念そのものを守ることはできないものである。「人に人権がある」という前提認識が成り立ってこその法である。



民主主義とは

・人に人権があることを前提としてつくり出された「法」によって、主権者を国民としている統治原理のこと

・もし民主主義の多数決原理によって、人権が完全に奪われてしまうような憲法改正があったならば、人権をベースとして成り立つ民主主義さえも機能しなくなる。

・そのため、人権を侵害する民主主義の多数決原理の決定は、民主主義の根幹を破壊するため、原理的に不可能であり、無効となる。

・そもそも民主主義は憲法によって採用されている制度である。そのため、憲法の民主主義を実現する上で不可欠な要素を失わせてしまうような憲法改正は、国民投票という民主主義の多数決原理をもってしても、その存立根拠を無くすものとなるために無効となる。



立憲主義とは

・国民の人権を守るために、権力を法によって縛る統治原理のこと
・民主主義の多数決原理によってしても、人の人権を奪うことはできない。なぜならば、民主主義は「人に人権がある」という人権概念の存在を前提としていない場合、主権者を定めることができず、その制度自体を成り立たせることができなくなってしまうからである。よって、憲法改正の国民投票をもってしても、人の人権を根本から侵害するような改正は、立憲主義の精神から無効となる。



まとめ

・近代立憲主義のいう国家とは、「法」によって生み出された統治機構のこと。
・その「法」は、「人に人権がある」という人権概念の存在をベースとしてしかと成り立たち得ないものである。
・よって、人権というものは、「国家が成立する以前に人には人権がある」という前国家的権利としてしか成り立ち得ないものである。
・前国家的権利とは、自然権思想に類似しているものである。
・憲法では前国家的権利のことを、「人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果(97条)」「侵すことのできない永久の権利(11条、97条)」「侵してはならない(いくつかの人権規定)」などとして表現している。
・しかし、「人権は前国家的権利である」というこの前提認識を侵害しようとする者が現れることもある。
・それを憲法では「過去幾多の試練(97条)」と表現している。
・また、そのように侵害されてしまう危険性を持っている「人に人権がある」という前提認識について、憲法では、「国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。(12条)」としている。
・日本国憲法で「侵すことのできない永久の権利(11条、97条)」と表現しているのは、人権が奪われてしまうことがないように何としてもその永久性を人々の意識の中に確定しようとして生み出した表現である。
・また、その「永久の権利(11条、97条)」の根拠は、「先人の自由獲得の努力の成果(97条)」であり、「過去幾多の試練に堪へ(97条)」ながら、「国民の不断の努力(12条)」によって「保持(12条)」されることによる。
・つまり、人権の永久性の保障は、人権という概念を生み出し続ける人々の意志ということである。
・この人権保障への意志が失われてしまったならば、人権の永久性も保障されなくなってしまうのである。

・よって、「人に人権なんてない」と主張し人々の自由や安全を侵害するような者から、「人には人権がある」という認識を守り続けなくてはならないのである。

・人権のこのような性質から、結局、法秩序を成り立たせるためには「人には人権がある」と言い続けてあるように見せて社会を成り立たせるしかないのである。

 





人権、立憲主義、民主主義、多数決原理の順序


〇 先人の意志によって、「人に人権がある」という人権概念が誕生

   ↓

〇 人権保障を実現するため権力を縛る立憲主義の誕生

   ↓

〇 立憲主義によって憲法が誕生

   ↓

〇 憲法によって民主主義を採用

   ↓

〇 民主主義を実現する一つの形として、多数決原理を採用

   ↓

〇 多数決原理は、政治家選出の選挙や、議決の手続き、国民投票によって制度化されている




 憲法改正も、この順序を遡るような改正は不可能。なぜならば、その存立根拠を失わせてしまうから。


△ 多数決によって民主主義の否定は不可能。

  なぜならば、民主主義を否定すると、多数決制度の決定根拠さえも失われてしまうから。


△ 民主主義によって、立憲主義の否定は不可能。

  なぜならば、立憲主義によって生まれた憲法によって、民主主義が採用されているものだから。


△ 立憲主義によっても、人権概念の否定は不可能。

  なぜならば、立憲主義は人権概念が存在しないと、権力を縛るための根拠も失われてしまうから。


△ 多数決原理によって、人権の剥奪も不可能。

  なぜならば、多数決原理は、人権概念から派生する主権が存在することを前提として成り立っているものであり、人権がなければ多数決に参加する主権さえも失われてしまい、多数決という制度自体が成り立たなくなり、制度の存立根拠を失わせてしまうから。

 



立憲主義と民主主義の優劣


 「民主主義」というが、民主主義を実行するには国民一人一人に「主権」が必要となる(国民主権)。しかし、「人権」という概念が個々人に存在していなければ、個々人は主権を持ちえない。なぜならば、政治に参加するための「主権」は、人権概念の一部だからである。よって、民主主義は人権概念が確保されていなければ成り立たないのである。そのため、人権概念を確保するための「立憲主義」が「民主主義」よりも以前に必要となるのである。


 そうしたことから、「立憲主義」の理念を持つ憲法は、その憲法に定められた「民主主義」の国民投票の手続きを得たとしても、「立憲主義」を自己破壊するような改正は不可能である。それは、「立憲主義」によって定められている「民主主義」の手続きの正当性は、「立憲主義」の確保なしには成り立たないからである。


 こうしたことから、人が持っていると合意されている人権は、民主主義の多数決原理では保障することができないのである。


 人権概念は、民主主義によって生まれたものではないことを理解しておく必要があるだろう。また、民主主義の手続きを踏んだからと言って、立憲主義によって生まれた憲法の正当性が強まるわけではないということも押さえておく必要があるだろう。