11条と12条、13条、97条は、憲法上の人権の根拠として非常に重要な規定である。しかし、その条文は、非常に読みづらい内容となっている。その理由として、下記を挙げることができる。
① 一文が長いこと
② 「基本的人権」、「人権」、「権利」、「自由及び権利」、「個人の尊重」、「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」など、似たような言葉がいろいろ混ざっていること
③ そもそも「人権」という概念をこれらの条文だけで説明することができない難しい概念であること
④ 「公共の福祉」という文言が普段馴染みのない言葉であること
⑤ 「国民に保障する」と言いながらも、「国民の不断の努力によつて」「保持しなければならない」としており、一貫性がないように読めてしまう勘違いを起こすこと
など
ここでは、②の「基本的人権」、「人権」、「権利」、「自由及び権利」、「個人の尊重」、「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」という言葉をピックアップする。
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〔基本的人権の由来特質〕
第97条 この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。
〔基本的人権〕
第11条 国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。
〔自由及び権利の保持義務と公共福祉性〕
第12条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。
〔個人の尊重と公共の福祉〕
第13条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
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これらの条文に示された下記の概念は、ほぼ同じ意味である。おおよその意味を一応解説してみる。
〇 基本的人権
一人ひとりの人が本来的に持っているとして合意されているとされる、他者に侵害されない自由である。
〇 人権
基本的人権とほぼ同じ意味である。基本的人権という言葉は、人の持つ自由を包括した言葉であるが、人権という言葉では、基本的人権の中に含まれる一部分の自由を限定して抜き出して示す際にも使われることがある。
〇 権利
人権を根拠に導き出された自由の中から、その一部分を取り上げて示すことが多い言葉である。『〇〇することができる力』というように、個別の許可された正当性のある力を示す際に使われることもある。
〇 自由及び権利
自由は禁止されず侵害もされない思うままにできる状態である。権利は上記を参照。
〇 個人の尊重
人権概念が一人ひとりを基礎とする単位であることを示す言葉である。現在の人権概念と同じ範囲を示すので、ほぼ同じ意味として使われている。しかし、もし『個人の尊重』という言葉がなければ、人権として保障される自由の概念が『家族』を単位とされてしまったり、『クラス学級』や『会社組織の構成員全体』を単位とされてしまう恐れがある。現行憲法では『法人』に対しても性質上可能な限り保障がおよぶとされて運用されているが、人権の基礎的単位は個々人であることをこの言葉で明確にしている。
〇 個人の尊厳(24条2項)
上記と同じ意味であると考える。
〇 生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利
ここにある生命権、自由権、幸福追求権というのは、人権の内容の中にある中核部分を具体的に列挙したものである。具体的に個別の人権を列挙したため、人権から導き出した具体的な一部分を示す言葉である『権利』という言葉が使われていると考えられる。幸福追求権については、人の持つをあらゆる権利を包括的に規定した総則的規定(包括的基本権)として扱われることが多い。
しかし、このように言葉の意味を明らかにしても、まだ疑問は残る。
例えば97条の文を短くすると、
「第97条 (略)基本的人権は、(略)これらの権利は、(略)侵すことのできない永久の権利として信託された(略)。」
となる。これさらにを省略すると、
「第97条 基本的人権は、永久の権利。」
となる。もうお気づきだろうが、基本的人権と人権と権利はほぼ同じ意味なので、
「第97条 人権は、永久の人権。」
と言っているようなものである。永久のものであることは分かったが、人権が何たるかを全く語っていない。
一応、97条では、「人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、過去幾多の試錬に堪へ、信託されたものである」とは言っているが、守り抜かれたものであることは分かるが、それが何なのかについては説明していない。
それぞれの条文の趣旨を極めて短くして意味を考えてみよう。
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〔基本的人権の由来特質〕
第97条 基本的人権は、永久の権利として信託されたもの。
〔基本的人権〕
第11条 基本的人権を妨げられない。基本的人権は、永久の権利として、与へられる。
〔自由及び権利の保持義務と公共福祉性〕
第12条 自由及び権利は、不断の努力によつて保持しなければならない。濫用してはならないのであつて、公共の福祉のために利用する。
〔個人の尊重と公共の福祉〕
第13条 個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利は、公共の福祉に反しない限り、最大の尊重を必要とする。
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上記をまとめると、「人権は永久の権利として与えられ、信託されたもの。不断の努力によって保持しなければならず、濫用してはならず、公共の福祉のために利用するもの。個人のもので、最大の尊重を必要とする。」といったところか。しかし、やはりよく分からない。
人権が一体何かは分からないが、分かる範囲で列挙してみよう。
基本的人権、人権、自由及び権利、生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利とは、
〇 憲法が日本国民に保障する(もの)(97条)(11条)(12条)
〇 人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であ(るもの)(97条)
〇 過去幾多の試錬に堪へ(たもの)(97条)
〇 現在及び将来の国民(のもの)(97条)(11条)
〇 侵すことのできない永久の(もの)(97条)(11条)
〇 信託されたもの(97条)
〇 国民の不断の努力によ(って)保持しなければならない(もの)(12条)
〇 濫用してはならない(もの)(12条)
〇 常に公共の福祉のために・利用する責任を負ふ(もの)(12条)
〇 個人として尊重される(もの)(13条)
〇 公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする(もの)(13条)
人権は、何か大切なものであって、扱いに注意しなくてはならないものであることは伝わってくる。しかし、人権が一体何であるのかはやはり条文中では明確に示されているわけではない。
条文中では人権のもともとの性質が一体何かよく分からないので、前文からも人権にかかわるものを考えてみよう。
【前文】
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日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。
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抜き出してみよう。
人権に関すると考えられるもの
〇 わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢
〇 主権が国民に存する
〇 国政(の)権威は国民に由来
〇 安全と生存
〇 平和のうちに生存する権利
人権が侵害されていると考えられるもの
△ 専制と隷従、圧迫と偏狭
△ 恐怖と欠乏
人権に関する前文や97条、11条、12条、13条の条文を、憲法の体系の中でどこに位置づけられているのかもチェックしておこう。
上記から、現行憲法に記載のある人権というものの性質をまとめてみよう。
〇 過去幾多の試錬に堪へ(たもの) (97条)
〇 人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であ(るもの) (97条)
〇 侵すことのできない永久の(もの) (97条)(11条)
〇 信託されたもの (97条)
〇 国民の不断の努力によ(って)保持しなければならない(もの) (12条)
〇 憲法が日本国民に保障する(もの) (97条)(11条)(12条)
〇 現在及び将来の国民(のもの) (97条)(11条)
〇 濫用してはならない(もの) (12条)
〇 常に公共の福祉のために・利用する責任を負ふ(もの) (12条)
〇 個人として尊重される(もの) (13条)
〇 公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする(もの) (13条)
〇 わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢(のあるもの) (前文)
〇 主権が国民に存する(もの) (前文)
〇 国政(の)権威は国民に由来(するもの) (前文)
〇 安全と生存(のあるもの) (前文)
〇 平和のうちに生存する権利(のあるもの) (前文)
△ 専制と隷従、圧迫と偏狭(でないもの) (前文)
△ 恐怖と欠乏(でないもの) (前文)
どうやら、なんとなくではあるが、人権というものが私たちにとって都合がよさそうな内容ではあるとは感じられる。しかし、その根拠や正当性について現行憲法の中に明確には書かれていない。
そのため、人権という概念をまさしく捉えるためには、憲法中では明確に書かれていないが、これらの示唆的な文言から、その本質へと理解を深めていかなくてはならないものであると分かる。
特に、人権は「侵すことのできない永久の権利」でありながらも、「不断の努力によって保持しなければならない」ものであるとしている点は矛盾しているような気もしてしまう。「侵すことのできない」ものであるとしながらも、侵されることを前提として「不断の努力」で保持しなければならないとしているからである。(これについて詳しくは別記事で取り上げる)
結局、憲法の文言からは、人権の性質について読み取れる情報が少なかった。さらに理解を深めるためには、憲法という法典がつくられた歴史的経緯や哲学的な考察を行う必要があると思われる。
人権の定義が憲法中に存在しないことは分かった。では、人権とは学術的にはどう定義されるのだろうか。いくつかの考え方があるようだ。
〇 人であれば当然に持つもの
〇 人格的自律を確保するために認められるもの
〇 理性の必然から認められるもの
〇 人の共生を取り持つもの
などである。
そう言われても、「何ですかそれ?」と言いたくなる。憲法を考える上では、まずはこの人権概念をある程度の理解の精度で捉えられるようになっていく必要がある。
<理解の補強>
人権ってどんなもの
(教えて 憲法)基本原理の国民主権と基本的人権って? 2018年2月13日
第1章第1節
1人権及び人権教育について 文部科学省
いくつか書籍を検討する。人権について恐らくこの辺の書籍でより深く考察できるかもしれない。(筆者もまだ読めていないものもある。)
法哲学 2014/12/20 amazon
瀧川 裕英 (著), 宇佐美 誠 (著), 大屋 雄裕 (著)
人権論の再構築 (講座 人権論の再定位)
2010/12 amazon
井上 達夫 (編集)
法律文化社
人権の射程 (講座
人権論の再定位) 2010/11 amazon
長谷部 恭男 (編集)
コンセプトとしての人権: その多角的考察
単行本 – 2016/12/26 amazon
人権をめぐる十五講――現代の難問に挑む (岩波現代全書) 単行本(ソフトカバー) – 2013/11/20